ポテサラ(42) 

2015/06/08
Mon. 20:53




いくじなしめしのうまさを知っている    石田柊馬

ナツクサを遺棄し夏猫と暮らす       榊 陽子






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ふらすこてん6月句会 

2015/06/08
Mon. 18:23

早めの昼ごはんを食べて京都に向かう。眠くなってぼーっと窓の外を見ていたら
桂のホームに紫色の頭。ろっぱさんだ。あー、気の抜けたアホづらを見られたなあと一瞬
思ったけど、おそらく人からはいつも気の抜けたアホづらなんだろうなと思いなおす。
烏丸から一緒に歩いていく。は、早い。ろっぱさん、わたしの倍速で歩く。必死でついていく。
この日は珍しく早めに着いたので、どこかでコーヒーでも飲んでから行こうかな~と
思っていたのだけど、ろっぱさんは大体いつもこの時間に行くと言う。
ちんたら歩いてる人をすいすい追い越していくろっぱさん。わたしはこうやっていつも人に追い越されて、
それにも気づかないでちんたら歩いているんだなあということに気づいた日。
わたしも頭を紫にしたらろっぱさんみたいにかっこよく生きられるのかなあ。


三人選、上位3句
ろ過したあとの届かない手紙   和枝
濁点を全て剥ぎ取り南禅寺    弘之
窓枠や捩って捨てる不純物    多佳子


そうですか。そうなんですね。
わたし、どれも抜いてませんでした。
抜かなかったのはなんでかなあと考えると、行為を説明された句に気持ちが動かないのかなあ、ということ。
「ろ過したあとの」「濁点を全て剥ぎ取る」「捩って捨てる」。いや、わたしも作るんですけどね。言うてることと
やってることが合ってないですよね。じゃあなんだとさらに考えると、それは「手紙」「南禅寺」「不純物」なんです
かね、やっぱり。説明の対象となっているものが無難というのでしょうか、お行儀が良すぎるのです。
当たり前すぎる行為と可もなく不可もないモノ(言葉)の組み合わせにわたしのこのささくれだった心が反応しない
のかもしれません。
わたしには、です。あくまでも。個人的意見です。
でも喜八郎さんが南禅寺の句の濁点を取ったら「たくてんをすへてはきとりなんせんし」となっておもしろい
とおっしゃったのを聞いて、おぉと思いました。自分が抜かなくて、思いの至らなかった読みを得られると
くやしいようなうれしいような気持ちになります。


わたしがおもしろいなあと思った句。

純という言葉のタイハイ的である    柊馬
ゴリラからもらう純金ネックレス    知昭
カメレオンより清純とだれが決めた   知昭

川柳の醍醐味の一つは、嘘をつくことだと思っています。(理想は嘘をつきながら本質をつくこと。)
その時はできるだけわざとらしく、かつ、もっともらしい嘘をつくのが望ましいのです。
こんな堂々と大嘘をつけるなんて幸せだと思いませんか。喜んで騙されたいと思いませんか。


こんなことを書いた後に非常に書きづらい私の句。(ダメ出し、もちろん受け付けます。)

震度6つわりの心配はありません
バラ園で拾った首に付け替える
生首にもっとはびこるのだ空よ
姉が来て父と母を重ね着する
純情な枕不純な枕カバー


この日は体調よろしくなく、へんにお酒がまわりました。茨木あたりでぶらり途中下車の旅。Iさん、Kさん
大変ご迷惑をおかけしました。反省。



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2015-06