洋服と川柳。 

2021/05/29
Sat. 11:04

冷蔵庫に寿命がきた。まずスイカが凍った。それを機にキムチ、卵、水、バナナ、牛乳、大根のツマ、大葉と病状で言えば日常生活に支障をきたすとこまできたので電気屋さんに行こうと思う。さて何を着て行くか、である。いや、どんな冷蔵庫を買おうかじゃないんかいとツッコまれた方もおられようが、それは行ってからのことである。まず何を着ていこう。店員さんにちゃんとした接客をしてもらいたいからちゃんとした格好で行きたい。大枚をはたいて買う久々の大型家電である。懇切丁寧に本当のところ(利点ばかりじゃないよってとこ)を聞きたいじゃない。ということで今日はちゃんと料理してますセレブ風で攻めることにしよう。

たとえば美容院行く時は普段これ系ファッションしてるんだったらこんな感じが好みなのかもと言わなくても伝わるようなちょっと個性的な服をチョイスする。

梅田に行く時となんばに行く時もそれぞれ違う。もちろん持ってる中での話なので組み合わせとかで違いを出す程度だけど。

ある日着ていたリブニットは首の詰まり具合がいいなあと思っていたら前後ろ逆に着ていたので、以降わざと前後ろ逆に着たりする。

今、というかここ6、7年探し続けているのがお洒落な喪服である。いかにも型通りな喪服を着たくないのだ。もちろん光沢や肌の露出に配慮しつつかつお洒落な喪服。というか喪服にもなる黒い服。

で、なぜこんな話をしたかというと、今、今月締め切りの川柳を使っているのですが、苦労してます。苦労しながら川柳とファッションって似てるなと。ここに出す句はこんな感じでとか、ちょっと置き換えるだけでガラッと雰囲気変わるとことか、意図せず前後入れ替えたらいい句ができたりとか、でもやっぱりわたしの求める川柳はどこにあるんだろうとずっと模索し続けてるとことかまさに喪服を探し続ける旅だよって思ったりしたわけです。そしてなんと言っても探してる時がいちばん楽しいってところね。

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悲劇 

2021/05/17
Mon. 12:57

土曜日に買った太刀魚はそれは見事だった。肉厚で子持ちでスーパーに並んでいる太刀魚と全然違った。いわゆる映える太刀魚だった。

土曜日はカツオのたたきと紅ズワイガニとうな肝を食べ、日曜日にあさりと太刀魚と明石のたこを食べるつもりだった。

だった。そう。だったのだ。

日曜日、太刀魚をグリルで焼く。我が家は魚はグラタン皿に乗せて焼く。そのまま網に乗せると汚れるし洗うのが面倒だから。
いい感じに焼けた。皿を取り出そうとグリルを引き出したその時、、落ちた。一瞬すぎて何が起きたのかわからなかったが、、落ちた。グリルごと皿ごと太刀魚ごとすべてが床にぶちまけられた。皿は見事にひっくり返った。そう、食パンにジャム塗ってさあ食べようとして落としたらパンのジャム面が床面と合体というあの悲劇とおんなじやつ。

時が止まった。もう全てがいやになった。わたしはコトが予定通りに進まなかった時のショックが多分人より大きい。ああもうこのままどっか行きたい晩ごはんとかどうでもいいってなる。グリルは表の強化ガラスみたいなやつが外れている。私の強化顔面からも全ての表情が外れる、いや消える。ああ、明日からどうやって朝のパンを焼けばいいのか。取り寄せるにしてもしばらく時間かかる。どこに電話したらいいのかもわからない。そんな事今どうでもいいのにと今なら思うのだがその時はそういう頭に支配されているからどうしようもない。

気づいたらワイン蒸しにしていたアサリがぶくぶく湧いている。慌てて火を止めた。案の定アサリの身は縮んでしまっている。ああ、もう最悪だ。今日一日の楽しみがすべて一瞬で奪われた。

晩ごはんはまるでお通夜だった。たこには悪いけどあまり味がしなかった。明石に非は1ミリたりともない。

衝撃で外れたガラスはどうやっても嵌らず、どんなイリュージョンだよといらいらしながら結局ネジを外して分解してやっと元に戻った。明日のパンを思えばこその執念だが、なぜそこまで明日のパンに執念を燃やすのか自分でもわからない。わからないのが人生だ。

そして今朝、パンは無事焼けた。よかった。本当によかった。でも持ち手の部分がグラグラしてるのでいつかまた惨劇は起きるかもしれない。そしてまたへこむんだろうと思う。いや、起こる前に買い替えろよとも思うがそこに執念が燃えてくれない。わからない。

そして愛用しているグラタン皿が割れなかったこととやけどしなかったことと太刀魚もう一切れ冷凍してたことはこれ幸いと、今は思える。

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2021-05