欝金記③ 

2015/11/17
Tue. 10:21

   小袖抱かな 彼岸花抱かな
   歯痒い蟹はてっとうてつび透明な
   百体の橋の散り際に逢わな
   脊椎がにおう 呪縛にさきがけて
   飼われて毬の ねむり深々佇ちつくす
   無数に麦 胎(うみ)のかわゆくないひととき

一見してわかる可奈子の句の特徴は、破調であること、上句のあとの一字空けの句が多いこと。
むしろ、破調や一字空けが可奈子にとっての「定型」なのではと思ってしまうほどである。実は可奈子は
その後短歌へ転向するのですが、なんとなくそれも分かる気がします。
一字空いていることにより、読み手はまず与えられた情報をとりあえず理解しようと息継ぎをします。
普通ならそこから場面が一転したり、いわゆる川柳的な飛躍があったりする。でも可奈子の場合、息つぎ
をしたあとに続くのはさらなる孤独の、狂気の深淵なのだ。酸素が足りない・・・。
わたしは可奈子の破調にまったく不快なものを感じない。それどころか一句の中のどの言葉も他の言葉に
置き換えられることは許されない気さえするのだ。可奈子の想いを燃やし尽くした時、はじめて存在を
あらわす髄のようなもので、その髄を吸い尽くしたいと思うのだが、とうていわたしは指をくわえて眺めて
いるだけなんである。可奈子の句に惹かれながらも読み解くことができない。もどかしくてたまらない。だから
ひとり彼岸花を抱く可奈子を、てっとうてつびなどと堅苦しい言葉をあえて使う可奈子を、百本ではなく百体
とした可奈子を、胎児がかわいくないなどと不道徳なことを言う可奈子を、、、、すみません、なんかつい。
感化されやすいタチなんです。可奈子の情念がわたしにまみれ、文章までどろどろになってます。
そういう可奈子をほおっておくことができないのです。(これは偏愛?変愛?)
ただ、これらを川柳と知らずに読んだとしたら、きっと川柳とは思わなかったでしょうね。



   弱肉のおぼえ魚の目まばたかぬ
   抱かれて子は水銀の冷え一塊
   覚めて寝て鱗にそだつ流民の紋
   つぎわけるコップの悲鳴 父が先
   ぬめる碗か あらぬいのちか夜を転がる
   裸者のけむり低かれ 不知火よ低かれ

これは「水俣図」という連作の一部である。水俣病は1950年代、日本の化学工業会社が海に流した
廃液により引き起こされた公害病である。魚介類を摂食することによって原因物質であるメチル水銀が
人間の体内に吸収され言語、運動、ほかさまざまな障害が起こる中毒性中枢神経疾患である。
企業、国にとって被害者は一介の民間人にすぎず、長年見過ごされ、原因が明るみになっても
責任逃れをしようとした。もの言えぬ魚はまばたきをせぬその目で何を見たのか、魚の目はそのまま弱者で
ある被害者の目と重なってじっと堪えつづけているように感じる。メチル水銀は母から胎児へ移行しやすい
という。生まれたわが子が水銀に侵されていると知った母親は一体誰を責めたのだろうか。
社会性川柳というのはむつかしい。川柳に思想を持ち込むことに拒否反応をおこす読者がいるからだ。でも
感情的にならず、その事象と一定の距離を保つことができたなら、その問題を回避できるとも思っている。
可奈子の句はストレートな訴えではなく、静かな怒り、深い悲しみ、癒えることのない苦しみが美しく(美しすぎず)
切実に表現されている。だからもし当事者である被害者がこの句を読んだとしても、よくぞ詠んでくださったと
涙を浮かべるのではないかなあと思うのです。今もって水俣病に苦しめられている方たちがいることを忘れては
ならないですが、これらの句を読んで、現在の日本が抱える原発問題を想像したのはおそらくわたしだけでは
ないはず。


KON-TIKI 5号(発行人松本仁 編集人石田柊馬)を柊馬さんからいただきました。
2001年発行の柳誌で、短歌に転向した可奈子が招待客として川柳20句を寄稿している。可奈子は63歳
ですね。

   ボロ儲に小指が刻まれて甘し
   スヌーピーの双児とキャッチボールせん
   レコードの針をもどして血を濃くす
   執刀ハオトウト菊花展上ル
   アレチノギクの真っ逆さまはきもちがいい

うーむ、なんだかずいぶんさっぱりとされましたね。何十年と生きてきた中で、その時々で自分を見つめ、
短歌を詠むことで内面を消化した結果でしょうか、時代というものもあるでしょうか。なにより川柳らしい
軽みが加わっています。とはいえ、やはり言葉の使い方には隙がなく、一見穏やかに見える句のなかに
可奈子の血がひっそりと流れているのを感じ、またまた胸がドキュンとするのでした。
可奈子はこの3年後、帰らぬ人となりました。

手許の欝金記には、可奈子直筆の1句がしたためられています。

   
   細目さらに細目 三月の空ゆく鯨    可奈子


(おわり)


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