死ぬとか殺すとか、あります。 

2015/02/02
Mon. 20:48

19歳の名古屋の女子大生が77歳の女性を殺害したニュース。

女子大生はツイッターにこうつぶやいていたそうだ。
「『死にたい』とは思わないけど『死んでみたい』とは考える。
『殺したい』人はいないけど『殺してみたい』人は沢山いる。」


ドキっとした。わたしの中にもこれと似たような気持ちがあったからである。

もし願いがふたつ叶うとしたら、ひとつめの願いで苦しまずに自死。そしてふたつめの願いで甦る。
妄想なのに、願いはふたつという条件なのが何とも現実的でまぬけだ。
つまり本当に死にたいわけではないのだ。
女子大生が言うように、わたしは『死んでみたい』んだ、と思った。

そしてわたしの場合、『殺したい』人はいないけど『死んでもいい』人はいる。いた。

こういうニュースを見ると、本当に人を殺してしまった人とわたしの違いは何なんだろうといつも思う。
なぜならわたしは限りなく絶対に近く(この世に絶対なんてないから)自分は人を殺すことはないと信じているの
だけど、かといってこの女子大生の気持ちがまったく理解できないわけではないからである。

彼女とわたしのあいだに横たわっているものは屈強な怪物なのか、気付けばうっかりはみ出していた白線の
ようなものなのか。



そしてもし、わたしが人殺しになったら、この女子大生みたいに鬼の首を取ったかのように「ブログにはこんな
ことを書いてました」とか「こんな川柳を作ってました」とか言われるのだろうか。



   てのひらに蝶をころした痕があり      石部明
   


   ■■さんを殺しておいで夜が明ける     ようこ



   むこうから白線引きがやって来る     樋口由紀子



   
   


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