蔦屋書店 

2015/07/14
Tue. 10:51

今朝の空はマグリットの描く空みたいだ、と思った。京都でマグリット展が始まった。そうだ、京都に行こう!
とはつゆほども思わなかったのはなぜだ。それは関西に住んでいるからだ。そのCMだって見たことない。
見たことないけど知っている。

先日この春オープンした梅田の蔦屋書店に行った。カフェが併設されていて本を読みながら飲食もできるという
すぐれ場所。広い。どこに移住したいかと訊かれれば、今ならここを答えるつもり。

店内には椅子が随所にあり、座って読める。最初はまだお客さんが少なくて読みたい本見つけて近くの椅子に
座って読む。返す。新たな本を持ってきて座って読む、そのうちに人も増え、新たな本を持って、あ、座るとこないわ、
探す、うろうろす、あ、あった、座って読む。ざあっと読んでさあ返そうという段になったら、あれ?どこから持って
きたっけ?うわ~ん、わからへん、どないしよ、適当になおしといたらええか、いやいや、あかんあかん。
ふつうの天使とたまに悪さする天使が囁き合い、うろうろし合い、あーもう無理、ぜんっぜんわからへん。
結局お店のお姉さんに「すみません・・・これ、返すとこわからなくなりました・・・。」って言うたら、
「はい、返しときますね~。」って。おるんやん、ぜったいわたしだけじゃないって、この心得てます感たっぷりの対応。
そやのに、ほんま頼んないな、ふつうの天使が囁く。

返す場所が分からなくてうろうろしてしまった本が辺見庸の「霧の犬」不思議な本。不思議な文章が続く。流れる。
なんのことを書いているのかさっぱりわからないまま巻きこまれた。うろうろはこの本を選んだ時から始まっていた
のかもしれない。
などと書けばなんとなくかっこよく聞こえはしないか。

辺見庸といえば「赤い橋の下のぬるい水」という小説が心に残っている。それはストーリーではなく、ある一場面。
ぼくとサエコさんがよく冷えた「フォルマジオ・アル・ペペロンチーノ」というチーズ(舌のようなペロンとした)を
ふたりで食べるシーン。正確には食べながら喋るシーン。舌に舌様のチーズが重なってこんな風になる。

「ああ、づべだいわ。づべだぐで、ぎぼぢいいわ。ぼういぢまい、じだがでぎだびだいよ。あだだぼ、やっでびだい?」

「ぼんど。じだがづべだい。ああ、ごれ、じだにびりづぐ。ずごぐ、びりづぐ。」

こういう会話がしばらくのあいだ続く。意外と理解できるもんなんだ、これが。

「おでがい、だばっでいで。だれじぼ、いばだいで。びずのごど、だれじぼ、いばだいでね。ばずがじいがら。」

っでいぶがんぢでおばるんだげど、ぼっどぎいでだい、いびぼびばいずるばでのぼんのずごぢのずべがごごぢいい。
ってなる辺見庸の文章なのである。(分かるかっ)

ああ、これ、あれ、穂村弘の

体温計くわえて窓に額つけ「ゆひら」とさわぐ雪のことかよ  穂村弘

これに似てる。体温計くわえてるからうまく言えてない「雪だ」。でも「雪のことかよ」って言い方が冷たい。づべだい。
「ほんろら、ゆひら。」って言ってほしい。いや、やっぱり言わなくていい。どっちだ。

この蔦屋書店、朝の7時から夜の11時までやってるそうだ。あんまり家に帰りたくない日は(どんな主婦やねん)ここに
寄り道しようと思った。








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